P05 〈一冊の本〉 『抵抗への参加』 ―フェミニストのケアの倫理― 本研究所研究員 小田切建太郎(哲学・倫理学) キャロル・ギリガン著 小西真理子・田中壮泰・小田切建太郎訳 晃洋書房 2023年 2,530円(税込み)  ケアの倫理の金字塔『もうひとつの声で』(原著1982)は、女たちが顕著に示すケアや共感の能力が、従来「人間」の本質とされてきた理性にも劣らない倫理的価値をもつことを明らかにした。だが同時に、男は理性的で正義、女は感情的でケアという伝統的なジェンダー役割を再生産し強化するものだと誤解され、フェミニストから批判されてもきた。こうした批判に応答するために著されたのが本書『抵抗への参加』(原著2011)だ。  ギリガン2歳の夏に、自身の泣き声で託児所のルールを変更させたという抵抗の原体験から説き起こされ、結婚、出産、子育て、ベトナム戦争の兵役拒否をめぐる研究そしてロウ対ウェイド裁判の中絶合法化がもたらした女たちの倫理的葛藤をめぐる研究、従来の心理学の対象が男や少年たちに偏っていたことへの気づき、『もうひとつの声で』の出版、その後の研究といった半生が語られる。ギリガンが、自分自身だけでなく、現代アメリカの女たち、フロイトの精神分析における女たち、文学作品などで伝えられてきた女たち、そしてまた少年たちの声に聞き取るのは、抵抗の響きだ。  抵抗とは、自然なレジリエンスに由来する、家父長制に対する抵抗のことである。家父長制は、人間を男と女に分断し、女より男の方が優れていると序列化してきた。女は(男らしさと呼ばれる)「人間らしさ」から切り離され、男は(女らしさと呼ばれる)「人間らしさ」から切り離され、(女も男も含んだ)〈私たち〉はお互いに分断されてきた。「解離dissociation」(切り離すこと)は家父長制による様々な〈分断〉を象徴する言葉で、「自由連想free association」(自由な結びつき)は分断への抵抗を象徴する言葉だ。自らの意識と無意識の知、心と体、自己と他者とを結びつけ、女と男の分断を打ち破る。ケアの倫理は、このような家父長制に対する抵抗のうちに位置づけられ、女も男も含んだ「人間」の倫理だと明らかにされる。ここからフェミニズムも、(女だけでなく)男も含むみんなを家父長制から解放する、「人間の歴史における偉大な解放運動のひとつ」、分断や序列なき真の民主主義を目指す運動だと理解される。  本書を読んだとき、自分が育ってきた家庭や社会を思い返し、自分はどう生きて来たか、どう生きるべきかと私は自問した。本書を手に取るなら、〈あなた〉もまたこれまでどう生き、これからどう生きるのか、また子どもたちにどう接するのかについての示唆を受け取るはずである。そうして、〈あなた〉も抵抗に加わるようにという呼びかけを受け取るかもしれない。  本書で一貫しているのは、人間の自然なレジリエンスの力を信じる発達心理学者としてのギリガンのオプティミズムである。訳者のひとりとしてお薦めしたい。